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アフリカリミックス:多様化するアフリカの現代美術 [レヴュー/美術館]

赤道直下、サバンナの空は意外にも青ではなく、白に近かった。
ホテルの水を使うことを躊躇った。
(「水を汲むのに片道4時間」は女性の仕事)
電気が各家庭にはないことが当たり前の生活。
仕事がないのだろうか、トタンで出来た家々の前には無為に過ごす男たちの姿。
「日本じゃ蚊に喰われてもマラリアにならないよ」と説明すると
信じられないという風に目をむいて驚いたアフリカ人運転手。
マサイ族に英語とスワヒリ語を教育することがいいのか、どうか。
彼らに欧米の文化を見せつけることは、どういうことを意味するのか。
観光でその地を訪れたこと、後悔した。
命と政治と危険と幸せ。
目に映る全てを感覚で処理しようとしたアフリカへの旅で
答えのでない疑問が、今もくすぶりつづけている。

みなさんは「アフリカ」から何をイメージしますか?

現在六本木ヒルズ森アートミュージアムで開催されている
アフリカリミックスに赴いた。
アフリカンアートの発見は80年代末頃から主に、大陸を分割支配していた
フランスを筆頭に熱が高まる。
昨今ではパリにアフリカンアートを専門に扱う美術館もオープンし、
先のカルティエ現代美術財団でもカラフルな都市模型が記憶に新しい
ボディス・イセク・キンゲレスや、
アニメーション作家のウィリアム・ケントリッジなど、
既にアフリカンアートがコレクション入りを果たして
いるのはご存じのところですね。

この種の展示は、欧米中心主義から脱し切れていない姿勢を感じてしまい
個人的に斜めに捉えていたが、
アフリカリミックスのチーフキュレーターはなんとアフリカ人だとか。
作品はクオリティの高さを基準に選定し、
アフリカ在住の作家もしくはアフリカにルーツのある作家84人、
写真、絵画、ビデオ、インスタレーションと、作品内容も多様。
アフリカから遠い日本人には「先入観なく見られる」という
キュレーターの言葉だが、展示作品の8〜9割は強い政治的メッセージが感じられる。
つまり主張のウェイトが表現のそれを圧倒的に上回っているのだけれど
個人的に、それはごく自然なことだと思う。
作品が強烈で、時に恐怖心すら抱かされるのはそれだけ、
広大な大陸が分断され、犯され、消費され尽くされたことの反映。
それでも参加作家の多くはヨーロッパやアフリカ以外の地で
アートの教育を受けているところに、やっぱりそもそもの矛盾を感じるが
それも混乱し、分裂するアフリカ人のアイデンティティ
そのもののような気もするのだった。

※アフリカリミックス:多様化するアフリカの現代美術 森美術館にて
 2006年5月27日-8月31日


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砂山典子「むせかえる世界」 [レヴュー/美術館]

地面一杯に広がったドレープの真紅。
ベルベットを手繰り寄せてスカートの中でひと休み。
赤い光がこたつの中を想起させる。
ラベンダーが香るスカートにくるまれて
子どもの頃の母の膝と、そのスカートの下にうごめく
温かで確かな腿を思い出す。
多分、誰もが知っているはずの、愛しい記憶。

今回のライブパフォーマーは作家の砂山典子さんと
数人のボランティアスタッフによって構成されている。
もともとは’95水戸芸術センターでのパフォーマンスを皮切りに
国内三ヶ所、そしてパリ、バルセロナを巡回したが、
今回横浜フランス月間の一環として作家砂山さんの故郷である
横浜にて再び蘇ることとなった。
 
重量70kg、長さ約20メートルのスカートの中は、下着姿の下半身が
剥き出しであるということと、ドレスに拘束されて身動きが取れない、という
極めて人権が危険にさらされた状態だ。
一度座ったらトイレにも立てない。人間の自然な「欲求」が制御される状態で、
パフォーマーはスカートの中にいる観客たちと会話するのだが、
時に、コミュニケーションの「断絶」がある。
「スカートの中を勝手に写真に撮られることも・・・」と話すのは
今回ボランティアに参加したyukoさん。許可なく写真を撮れば悪意がなくても「盗撮」。
不可抗力で、一方通行のその行為はある種の「暴力」と呼べるだろう。
 
また、障碍者の方たちの介護ボランティアをなさっているという作家の砂山さんは
スカートの中に尿瓶を配置した。
「排泄欲」は性欲を抜いて、人間のもっとも強い欲求だと聞いたことがある。
心身をさらけ出す以上に、排泄は人間の根元的欲求であり、それだけに
恐らくいっそうの信頼関係を要する行為なのだ。
 
アンチ性暴力から出発したこのパフォーマンスは、ありとあらゆる事象が
暴力と差別、虐待に繋がる今日、新たな問題を提起してくれている。
 
今一度、人間が当たり前にもつ感情を想起することを始めよう。
他者への想起を思い出そう。情報化社会に生きる私たちは、
どうやら逆説的に「動物化」しているような気がするから。

美術館入り口が深紅に染まる スカートの中でうごめく人影 スカートの中はこんな感じ

 
Photo :Triko
(C)Norico Sunayama

※写真はすべてパフォーマーの許可を得て撮影掲載しています。
砂山典子ライブパフォーマンス 「むせかえる世界」
 (2006年6月16日-6月25)横浜美術館にて


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現代植物画の巨匠展−ボタニカル・アートのルネサンス− [レヴュー/美術館]

くちなしの花が垣根から芳香を放つ初夏。
どうやら、花から少し離れた方がよく薫るようです。
甘く鼻につく香りは、その白い花弁の清純さとは裏腹に少しくイヤラシイ。
考えてみれば、花は自らの性器を花弁で飾り立て
高らかに生(性)を歌っているのだから、
本当はこの上なく「エロ」ではないか!なのにその下で花見したり
する日本人もまたエロではないか!云々・・・。
と思っていた今日このごろ、「現代植物画の巨匠展」に赴いた。

植物画とは、植物学の記録のため、
種の特定を目的として精密に描写された絵のこと。
今回は英国シャーリー・シャーウッドのコレクションから121点の展示。
ボタニカル・アートのルネサンスと題された本展覧会は、
近年ますます活発化している環境保護やガーデンニングの影響から
植物画がひとつの芸術ジャンルとして、盛り上がりを見せていることを意味している。

精巧な葉脈や葉のおうとつは主に水彩や版画、アクリルで描かれているのだが、
一体どんな技法で?と、ついむさぼるように眺めるのは勿論のこと、
30カ国以上200人以上にものぼる本コレクションの中から、
オーストラリアや南米、北米の植物と会するのもまた一興だろう。
植物は、それをとりまく自然や気候の反映であるから
生存環境が厳しいほど、生命はぎらぎらと本質をさらけだしているようだ。
例えば南米原産の表柄が毒々しいスタンホペア・ティグリナからは、
熱を帯びたむせるような夜が連想されるし、ゴクラクチョウカのユーモラスな花弁をみると、この造形を選び取った自然のエニグマを感じる。
それにひきかえ、日本の椿「ウスオトメ」は恋する少女の頬のような淡いピンク。
日本の四季の移り変わりはほんに穏やかであることを改めて感じました。

※リンクの写真と本展示作品とは関連はありません。
※ 現代植物画の巨匠展 −ボタニカル・アートのルネサンス−
損保ジャパン東郷青児美術館にて2006年4月22日-7月2日


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束芋 ヨロヨロン [レヴュー/美術館]

ある詩人が、外国で生活した際のこと。
外国語を習得するにつれ、皮肉にも、反比例して自分の母語が減少してしまい
ついには詩が書けなくなってしまったとか。
思考と言葉はそれほどまでに密接に絡み合っている。
束芋が一躍注目を集めた「にっぽんの台所」のアニメーションが
展示されていた高橋コレクション(@神楽坂)では、
彼女のブラックな世界と、それをひとつずつ形成する言葉との密な関係、
そして日常のなんてことない風景(電車や銭湯や町並み)も
鋭く切りとる作家の眼力とがあいまって大変興味深く思った。
それは、「にっぽんの台所」から始まる一連の「にっぽん」
シリーズの底流を流れている水脈のようなものと言えるだろう。
今回の展示では、一年間の海外研修(2003年ロンドン)を経た束芋の「現在」、
まさに新化しつつある若い作家の姿を垣間見た気がした。
それは慣れし親しんだ言葉の世界の瓦解、といえば良いのだろうか。
あるいは、もっと純粋に作品が独立し始めたのかもしれない、
新たな方向性の萌芽みたいなもの、とでも言おうか。
本展示では「にっぽんの台所」、「hanabi-ra」「公衆便女」など
巨大インスタレーションビデオ作品を中心に連載小説の挿絵も
展示されており、ドローイングからは和紙の上に優しく乗った筆触も確かさも伺える。
束芋の映像作品は、単に作品の魅力だけではなく、導入部分からかなり綿密に
計算されているのが特徴的だ。巨大インスタレーションの中で
繰り広げられる大胆な三面プロジェクションは、
眼前に広がる大きなアニメの世界に観るものをぐいぐい引きずり込む大掛かりな装置となる。
若干30歳にして、アートシーンの歴史を塗り替え続ける
若い作家は7月上旬NHKトップランナーにも出演予定とか。
今後の活躍が益々期待される。

※新作の「ギニョラマ」は日没後でしか観ることができませんので、御注意を。
(水曜は20時まで開館)
原美術館にて(2006年6月3日-8月27日)


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カルティエ現代美術財団コレクション [レヴュー/美術館]

カルティエ現代美術財団は、20年にわたり絵画、彫刻、写真、映像、インスタレーション、ビデオアートといった様々なジャンルで活躍する多国籍のアーティストをコレクションしてきた。今回はその中から30名あまりのアーティストの作品と出会うことが出来る。

入り口を入ってすぐ、モチーフが全てビーズで覆われたライザ・ルーの「裏庭」が、私達を日常から非日常へと優しく誘ってくれたなら、リチャード・アーシュワーガーのインスタレーション作品「クエスチョン・マーク」で「?」モードが全開。実はこの作品は3つのピリオドとクエスチョンマークで成り立っている。謎というものは、果たしてひとつのエレメントで謎となるのではなく、何かが出会うことで謎は生まれ、しかも見る角度を変えたならそれは謎という様態を変え、謎ですらなくなるのだと気付く。
そして本展示のポスターにみられるロン・ミュエクの巨大な人形「イン・ベッド」が見えてきたなら、見るものは完全に不思議の国にコミットされる。白人女性の白髪やもの憂げな眼差し、頬に当てた手の血流や、爪にかかる圧力までもが伝わるほどの超リアリズムを以って、一挙に小人に変身したかのよう。

概して平面絵画よりも映像やインスタレーションが目立つ本展で、視覚と聴覚の両面から迫るデニス・オッペンハイムの「黒い人と白い人の対決」も興味深かった。長いテーブルの一端に衣服から肌の色まで黒ずくめの男がマイクに向かって声にならない声を叫んでいる。そのもう一端では白ずくめの男がこれまた大声で叫び声をあげている。それは不協和音の不快さではない。というのも、互いの声は独立して存在しているし、個として聞けば、確かにそれは何かを主張しているから。その意で、互いの声は一応共鳴はしているのだが、にもかかわらず、それはどこにも行きつかない不毛な声たちでもある。相手の声を聞く耳を失った時、不毛の洪水は始まる。そこに大義名分のもと、現在でも繰り広げられる争いを見ることも可能だろう。
 
今回の展示ではまた、写真をスライド映像化するといった新鮮な試みも見られる。結果、BGMとの相乗効果もあり、逆に集中して何百という枚数を制覇することも、意外と容易となった。日本人アーティストとして海外でも注目を集めている川内倫子の232点のポートレートフォトストーリー「Cui Cui」もその形に沿っている。それらは外国人に解り易い、あからさまな伝統芸術や芸者といった日本の代名詞ではなく、地方に暮らす作家の家族の、「どこにでもありそうな」極めて個人的なポートレートである。「どこにでもありそう」だからこそ、田畑や家並み、親戚たちとの食事風景や吐き出したすいか種の音まで聞こえてくるようなスナップは、つまり日本人であれば誰もが記憶を共有するところだ。「間」や「情」という不可視で、何より「日本的な何か」が高橋ピエールの淡い音に乗せられ、忘れ去った古い記憶の旅へと誘われる。色彩が溶けてしまう少し手前あたりで焼き付けられた「記憶」たちは、日本という一つの国籍を超え、もっと突き詰めたころで、静謐な光を讃えながら、一種の崇高な普遍性に到達している。

その他日本人作家としては、写真家の森山大道、若手作家の松井えり菜もコレクションされており、今回の展示にてお目にかかれる。また、映像作品はドキュメンタリー色の強いものが目立った点が“フランス”らしい印象を受けた。ドキュメンタリーやジャーナリズム(報道の真実美)は日本のそれとはやや意識が異なるのか、アートとの境界がより曖昧になりつつあるのだろうか・・・。概して、「アートとは何か」という根本から問いなおす姿勢を喚起するような展示で、その観点からも大変興味深かった。
 
まだの方はお早めに!
 
 
※カルティエ現代美術財団コレクション展 (2006年4月22日−2006年7月2日)
東京都現代美術館にて開催中!

Cui Cui

Cui Cui

  • 作者: 川内 倫子
  • 出版社/メーカー: フォイル
  • 発売日: 2005/03
  • メディア: 単行本


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ホルスト・ヤンセン [レヴュー/美術館]

一切の言葉を排斥する芸術。
ヤンセンを前にすると、彼の人生を彩った酒や幾多の結婚、また私生児であるという出自から波乱に満ちた生涯を下敷きにすることはおろか、視覚芸術を言葉で語ることの無意味さ、ひいては「見る」という行為すら根底から揺さぶられる。
何故なら、そこには確かに有機体が描かれているのに、繊細でふるえるような線を辿るといつしかそれは別の有機体に繋がり、しかもまた、それが言葉なんかでは説明がつかないような代物だったりするから。私は一体、何を見たというのだろう。結局何一つ、留めておくことができない。こちらがいくら追っても、追っても、辿りつけない壁を感じる。誰が何を言ったとしてもヤンセンはせせら笑っているようにしか思えない。きっとそれは、描くことに意味や理由はなく、行為としてただ、描いたから。それのみに徹した人だったから、でしょうか。
「勝手に生まれてきて奔放に幸せに生き 無尽蔵の怒りを持って死ぬ」
(H ヤンセン「ヤンセンの樹」より)
絵描きであるならば、理想の境地ですか?今回は水彩画、彩色ドローイング計約150点を展示。
グロテスクな性交を描く一方で、とりわけ愛娘ランメ(本名:カトリン)は、はっとするほど美しく、またドローイング「密かな」では抱き合った男女の溜息とぬくもりが伝わるよう。
こんな風にはぐらかしたり、思わせぶりだったりして多くの女性を惹きつけたのだろうか。

ホルスト・ヤンセン展−北斎へのまなざし− (2006年4月5日-2006年5月22日)
 埼玉県立近代美術館にて


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ニキ・ド・サンファル [レヴュー/美術館]

これほど立ち去りがたい展示は初めてのことだった。
2002年に没後、日本での初回顧展となる本展示では、精神病の治療として描かれ始めた初期の油絵、コラージュから射撃絵画、そして代表作「ナナ」シリーズとポスターや版画など約90展と出会うことができる。展示作品にある一枚の版画「YOKOへ友情を込めて ニキ」(1986年/ニキ美術館)では、ニキと作品との緊密な関係が非常に象徴的に表されている。
そこに描かれているのは一本の樹。真中を境に左半分はモノクロで右半分はカラフルに、うねうね迷走的な曲線でデコレートされている。その左半分には死や不安、悲しみ、無といった負の感情が、右半分には反対に愛や自然、健康、希望といった正の感情が文字で記されている。そしてその幹の中央よりやや左側、つまりつまり負の部分にうっすら黄色い服を着たニキらしき女性がいて、泣いている。さらにこの絵の右下では木にもたれて安らぐピンク色の女性がいる。自己の根本で、常にどす黒く渦を巻いている負の感情の方に立脚しつつ、泣きながら、それをプラスの感情に変容させ、作品として表出させるという芸術に対するスタンスは彼女の全作品を一貫して垣間見ることができる。右下で安らかに眠っているピンク色の女は、芸術によってモノクロの世界から抜け出して、カラフルな世界つまり生命に溢れた世界に生きるニキ自身でもあるし、自分の芸術という樹の下で心安らぐようにという願いから鑑賞者を想定したのかもしれない。これら版画シリーズでは、未来の夫ティンゲリーに対する赤裸々な愛や嫉妬がダイレクトに示されている。
その愛のディメンションは未来の夫ティンゲリーのみならず、マイノリティに対する差別やレイプや核実験反対といったグローバルなテーマを包括するほど巨大で、強く、観るものを抱きしめてくれる。それはいつも、大きくて暖かくて優しい、いつでも何でも許してくれる母の勁さだった。

ニキ・ド・サンファル展 (2006年5月11日-2006年5月22日)
 大丸ミュージアム・東京にて


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藤田嗣治 [レヴュー/美術館]

-自分の慣れ親しんだものへ、戻ること-
藤田嗣治の代名詞である乳白色の肌をした女を描いた二枚「タピスリーの裸婦」(1923年)と「カフェにて」(1949-63年)がある。
東京藝術大学で黒田清輝に師事し、卒業後は、より自由な絵画を模索してパリに渡った藤田は、そこで出会ったモヂィリアニやピカソ、ルソーなどの影響を強く受けながらも独自の白い肌をした裸婦を描き、パリのサロンに入選する。その色は「乳白色」と呼ばれ、日本画で使用される面細筆という筆を使い、墨によって輪郭を際立たせている。
乳白色シリーズのうちの一枚である「タピスリーの裸婦」において、裸婦の肌は、まばゆくて覚えず目を細めてしまうほど。脇に描かれた猫も、毛の一本一本が水墨画のまるでぼかしのようで、技術力の高さに裏打ちされている様が窺える。この頃の作品からは、世に認められ始めた(しかもパリで!)画家の喜びとエネルギーが結実して溢れて勢いを感じる。
この後、藤田は南米を旅行し、日本に帰国、そして続く第二次大戦では政府の要請に基づき戦争画を描いた責任を一人背に受けて1949年に再びフランスに渡り、1955年帰化した。旅立ちの日に羽田空港で撮られた一枚の写真には“ADIEU JAPAN”と書かれている(1949年3月10日)。“ADIEU”というフランス語は一般的に「二度と会わないものへのさようなら」として使用される。パリでの成功を妬み、戦争責任を問う日本社会、画壇にほとほと嫌気がさし、日本の土を二度と踏うまいと決めていたのだろう。それまで「FOUJITA」と「嗣治画」いうようにローマ字と漢字で描かれていたサインはこの後、その一方を(嗣治を)失うことになるのだった。
さて、先に揚げた「カフェにて」(1949-63年)が描かれたのはこの決別の後だ。この二枚が描かれた数十年の間に、藤田は何度も新しい試みをしている。パリからの凱旋帰国後も東北や沖縄を旅行し、「乳白色」とは対照的なカラフルでエネルギッシュでボリューム感のある人物を力強く描いてもいる。また戦争画では、ルーブル美術館で眼に焼き付けたのであろう西欧古典絵画の精密な構図、大作を描ききる写実性も窺える。
それでも、だ。幾多の試みを経た後、結局慣れ親しんだ「乳白色」に藤田は戻ってきた。そっとしまっておいた宝箱の蓋を再び紐解いた。売れっ子にとって、名声は同時に足枷にもなる。それは超えつづけなければならないアンチテーゼであり、藤田をして絶えず新しい表現を求めさせた。迷いも、きっとあっただろう。けれど「過去」は、封印を解かれた瞬間から「過去」ではなくなり、ゆるぎない現実となって、再び晩年の作家を輝かせる。寧ろ周囲の雑言を排除するくらいの絶対的な光だったかもしれないし、キリスト教に改心しても尚、最後まで「異邦人」であり続けた藤田にとって安寧の白だったのかもしれない。

藤田嗣治展LEONARD FOUJITA (2006年3月28日-5月21日)
 東京国立近代美術館にて


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イサム・ノグチと3のひみつ。 [レヴュー/美術館]

 アメリカと日本、過去と現在、ブランクーシとバックミンスター・フラー。イサム・ノグチ(1904-1988)はハーフである自らが、日米というアイデンティティの帰属だけでなく、製作が常にこれらの二極間を漂っていたことをフラーとの対談の中で語っています。※1
 雄大なプレイグランドや万博のモニュメントに至るまで、一般的な彫刻の枠をゆうに超越した作品の規模から、彼の一方のナショナリティであるアメリカ的なスケールをみることは容易です。また「見えるものと見えざるもの」や「夢想国師のおしえ」からは、地上に表出する岩の一角が寧ろ地下に潜む「見えざる」物体を空間(=間)に想起させ、無の空間に宇宙の無限を現出させるとう、日本的メンタリティ(禅思想)の影響を見ることも可能です。※2
 さて“時間の超越"という、芸術家にとって永遠の命題ですらイサム・ノグチはきわめて日本的に対峙したようです。ノグチはこう言います。「時間は敵か味方かのどちらかだ」時間を味方にすればコンクリートだって花崗岩のように作品の中で使える、と。コンクリートという文明の産物も、風化して瓦礫となるのではなく、岩に姿をやつして、永遠の生を享けるということでしょう。風化という寂滅の中に永遠性を見るというのは、いかにも逆説的ですが、その思考の複雑さはそのままアイデンティティの混乱だったのかもしれません。ノグチはフラーとの対談で「時間」について非常に注意深く繰り返し述べています。「今現在に囚われてはいけない。未来志向になってもいけないし過去に留まってもいられない。時に囚われたら選択の余地が狭まる。人間は前進もし、後退もする生き物である。」
 ブランクーシの助手を務めたパリ留学から帰国後、殆ど無一文だったノグチは有名人の彫刻をして口に糊していました。彫刻のモデルになったことをきっかけにフラーとノグチは出会いました。フラーと言えば、「最小にして最大の効果」を提唱し、環境汚染、エネルギーの枯渇という地球規模の危機に対処するべく「超物質的な視点を獲得すべきだ」ということを生涯通して自ら実験した技術者として知られています。彼の幾何学において、基本概念をなしているのは「自然界のたった一つの自己安定性を持つ」三角形というパターンです。※3
 ノグチの彫刻にも「3」という数字が重要な位置を占めていたことは随所に窺えます。例えば3つの主だったエレメントで構成される、もしくは3点が支点となっている「インターロッキング・スカルプチャー」。そして同様に3点でバランスをとっているデザインの家具や「等しい三角形の原理によって作り出された」日本庭園の造形美に対する憧憬など。「生まれ育った日本にも教育を受けたアメリカにも、違和感を感じていたノグチは、フラーの地球規模の発想に初めて故郷を見出したような安堵感をおぼえ」ながら、時に議論を重ねながら、フラーとブランクーシの間を縫うように実生活の中でも活かされる独自の「彫刻」を創作し続けました。※4
 生存中はこれらの二極の狭間で、耐えず揺れ動きながら社会に問いかけ続けたイサム・ノグチ。
死後約20年の時を経た今も尚、私達を惹きつけて止まないのは、結局は彼が「二極」を凌駕し、狭義の「時間」や体制や国家を超え、地球レベルのスケールで全てを「包括」しているからでしょう。そして、彼の死後、彼自身が、三つ目の軸になったことによって初めて安定を得て、「イサム・ノグチ」が完成されたのでしょう。「すべて母が望んだものだ」という彼の作品からは見る者すべてのDNAレベルで刻まれた母なる大地への希求を、呼び戻してくれる強いエネルギーが感じられます。自然と大地がますます乖離する現代社会で、私達は、奇妙なカーブを描くブロンズから、あるいは真鍮でできた彫刻から、あるいは地形そのものに沿って設計されたプレイグラウンドの境界線によって、「もの」と空間、あるいは自己と宇宙を、再認識する必要があるように思えます。

※イサムノグチ展-世界とつながる彫刻-(2006年4月15日-2006年6月25日)
 横浜美術館にて
(参考文献)
※1:マイケル&クリスチャン ブラック・タッド、「イサム・ノグチ」(映画)1978年アメリカ、横浜美術館蔵
※2:「1930年の来日時(このときイサムは26歳)から禅と禅寺に関心をも」っていた。
『日本人は、スペースがとても限られているため、何世紀にもわたって空間のイリュージョンを創り出す方法を、特に庭園において発展させてきた。(中略)一般的に言って、そうしたイリュージョンは等しい三角形の原理によって創り出され、目線がひとつのものから別のものへと常に移動するように誘われて終わることなく、それゆえ広大さが実在しているように見え てくる。』ことからも実に長きに亘ってそれらが彼の思想の根幹を成していたことが窺える。()内は筆者加筆。中村尚明、「イリュージョンの彫刻家イサム・ノグチ」、イサム・ノグチ世界とつながる彫刻展、横浜美術館、P108
作品:「見えるものと見えざるもの」(ノグチ・イサム1962年 ノグチ・ミュージアム蔵/NY)
「夢想国師のおしえ」(ノグチ・イサム 1962年 香川県文化会館蔵)
※3:その生涯を通して思想の根幹をなす形態を、フラーは幼稚園で発見した。「三角形というものは、ほかのものにはできないかたちを生みだす。(中略)いろいろやってみた結果、私は自分の作った三角形がいいと思った。」ジャネット・ブラウン、「近代の幕開け」、シナジェティックサーカス、オルタナティブミュージアム東京、P62
※4:ブライアン・スモールショウ、「デザイン・サイエンス革命」前掲書、P83


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エルンスト・バルラハ  [レヴュー/美術館]

「春風」/「若きファウヌスの月夜」など、初期の意匠性にあふれた素描からは浪漫と詩情が溢れる。彼はしかし、単に夢見る理想郷に生きた作家ではない。そうした笑いやユーモアというソフトな一面はむしろ、もう一方によって、より強調されることになる。「全ての人間は「物乞い」ないし「問題を抱えた存在」」という言葉からは、生涯人間に真摯を見つめ続け、人間の苦悩、不安、社会への怒りといった人間の内面を真摯に捉えたエルンスト・バルラハが、真に目指したところを窺うことができる。
 例えば『苦行者』(1925年/EBH蔵)は、跪き瞑想するかのような男の頭から身に纏っている衣までが大きなインフィニートの弧を描いている。第一次大戦を経験し、ナチス政権掌握の後には作風が退廃的であることを理由に弾圧をうけ、それに屈することができぬまま1938年に作家はこの世を去っている。
 社会情勢が悪化するのとは逆行するかたちで、その眼差しが捉え続けた人間の姿は、醜悪さも弱さもすべて含めてやはらかな彫刻の肌に昇華されている。それはさながら止むことのない人間の愚行、道徳、愛、生死、といった営みそのものを許す慈悲の眼差しである。20世紀に生きたドイツの作家でありながら、日本の武士道や老子、荘氏の影響を受け、生の欲望を絶ち宇宙的調和に至る「涅槃」の実践を試みたという。それに同調したせいか、不思議とこの後目にした「プラド美術館」展の数々のどの宗教画よりも、これらの彫刻の中にこそ「神」の存在を近く感じさせられた。
 
※「エルンスト・バルラハ」ドイツ表現主義の彫刻家(2006年4月12日-5月28日)
  東京藝術大学美術館(上野公園)にて開催中。


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