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新春の歌 2

新年あけましておめでとうございます。
昨年に引き続きまして、今年も継続して
ひとつ歌を詠んでみようと思いました。

平成23年の一首 :
つつがなき 元日こそが幸なりと 知る人にこそ 春はくるらむ

大意:何事もなく無事元日を迎える。
   それは簡単なようでいて実はそう簡単でもないはず。
   何かに生かされ無事お正月を迎えられたことが
   何よりも幸せだと認識している人のもとに
   春はやってくるのだろう


今年は主人がお休みだったので
二人でお雑煮もお節も一緒に頂くことができた。
その後ふたりとも着物に着がえて、家族のもとへ。
これだけで「ああ幸せなお正月だな」としみじみ思いました。
こういう超地味!なお正月を
これからもずーっと続けられたらなと思う。
蓋し、幸せは
春先のやはらかいのに強い光のきらめきのように
何気ない瞬間に、けれどいたるところに宿りますね。

みなさまのもとにも、沢山の小さなそして大きな幸せのかけらが
ふりそそぎますことをお祈り致します。

カレンダーガールズ

2003年の米英合作映画「カレンダーガールズ」を観た。
イギリスのヨークシャーに住む婦人会の女性たちが、チャリティのために
ヌードカレンダーを撮影することになる、というお話。
出演する女性たちが、ヌード撮影をためらいながら
だんだん乗り気になっていく様子が本当にチャーミングで
女性は年齢は関係なくおしなべて愛らしい!と思いながら見ていた。
そしてところどころに映し出されるヨークシャーの
どこまでも広がる緑の風景が美しく、行ってみたいなと思ったのだ。

っと、こう思うのは私には珍しいこと。
だって基本的に海外旅行が好きではないのだ。
オーストラリア、アメリカフランス、イタリア、チェコ、
アフリカ、イギリス、フィリピンetc...と色々行ったあげく
たどり着いた結論は「日本が一番好き!」なのだ(遅い?)。

だって電車は正確にやってくるし
スリはいないし、トイレはいつも無料でたいてい奇麗だし
水は安全だし、夜中でも大抵街中を一人で歩ける。
困ったら助けてくれる人がいるし、何より努力しなくても
日本語が全国で通じるのだ。
(ひとつの言語が通じない国だって沢山あるのに)。
おっと、それに野菜と果物がすごく美味しく種類が豊富!
(寒い国に行ったら食事のバラエティはがくんと減る)

確かに、ヨーロッパみたいな古い街並や石畳もないし
人に合う度にほっぺにチューする挨拶の習慣もないし
見知らぬ人と目があって微笑みあうこともあまりないのだが。
それでも20kg近いスーツケースを持って治安の心配をしながら
何時間もCO2を大量に吐き出して飛行機に乗り
不便をしながら旅をする楽しみも、
それなりにあるのだろうが。
夫とよく話すのは
「こんなに世界各国の映像や情報がはびこり
食べ物や製品も流通しまくっているこんにちじゃ
初めて浦賀を訪れたペリーの驚きと比べて
海外でのカルチャーショックも発見も半減ではないだろうかね。」


近年の私は、地元の行ってみたこともない露地を入り込み
江戸時代から建ってる日本家屋を見たり
日本にしか生えていない杉や檜の違いを見分けたり
もちろん、お茶やお花のお稽古を頑張ったり
梅干しやお漬け物を一生懸命作ったり
ご近所のおばあさんと立ち話をしたり
そういうことのほうがしっくりくるのだ。
だってこれって、ここでしか味わえないものだから。
そんでもって、こういうのを外国の人が見たら
「ラブリー」とか「クール」って思うシーンじゃないだろうか。

ねえ、みなさん忘れてませんか?
日本にしかないものって(たいていルーツは中国!)
すっごくカッコいい。
というわけでこれからもグローバルな時代ですが
徹底してローカルを大事にしたいと思います。
(で、ますます偏屈だと言われる私になるのだ…)

恩師のこと

大学時代の恩師がお亡くなりになっていたことを、友人が教えてくれた。
今から10年もたつのに、先生の授業の様子も
冬になったらいつも着ていらしたバーバリーコート
ゼミ室で吸っておられたタバコの銘柄
たちまち思い出されてくる。
不思議だな。

フランス語の知識も縁もゆかりもまったくない私が
まったく偶然に選んだ「フランス文学」という道で
ぽっとひとつの灯りをともしてくれたのが先生だった。
徹底的に理知的な文法の講義のおかげで
「フランス語の表現って繊細。
 つまりフランス人って、もしかして繊細では?これならわかり合えるのでは?」
という気持ちになったものだ。
(そしてフランス人と結婚した今では、それが幻想的だったとも知る)

今でも簡単な書物を原文で読むときには
先生から教わった文法のアプローチが生きている。
先生は亡くなられたのに、教わったことは(覚えている限り)私の中で
今でもかわらずに光輝きながら生き続けている。
それはあたかも針葉樹の倒木のあとに
あらたな木がはえるのに似ている。
木は倒れて死んだのではなく、新しい木の命となり養分となり
かすかながらいつもいつまでも支え続けているのだ。

もしも私が何かを人に伝えられるなら
自分の死後も
いつまでも人の心に残り輝き続けるものを、と
あらためて思った秋のいちにち。

木 ー幸田 文ー

ごくまれに自分のこれからの人生を左右する
「もの」との出会いがある。
それは突拍子もないような派手な豹柄のミュールだったり
トライしたこともない微妙な色目具合の着物だったり
5年後の自分ならこっちを選んでいるだろうよ、と一人ごちながら買った
錦鯉もようの朱塗りの椀であったりする。
これらはことごとく
今の自分とはすこしちぐはぐな感じがしていて
若干財布を取り出す事を躊躇するものの
必ず「こちらは正しい」という予感がするのものだ。
そしてことごとくあやまたず、彼らは
自分の行きたい(生きたい)ベクトルを暗にしめしてくれる。

そして今日、図らずも一冊の本に出会った。
文学系出身の癖に本嫌いだと気づいたのは大学も4年にさしかかった頃で
オノレの勘の悪さに嫌気がさすくらいなのに
この本は決定的だった。

象牙色のカバーはさりげなくエンボス加工されていて
ようく見るとその凹凸はどうやら一本の木の幹らしい。
大きな杉かヒノキの、根元のあたり。
新潮社からでている幸田文の「木」という書物。
'70〜'80年代にかけてつづられたエッセイで
木にまつわる逸話をときには幼少時の思い出として
ときにはドキュメンタリーとして、なまなましくその生命を書き尽くした
素晴らしい一冊。
その描写の妙に涙がでそうになる(のは多分私だけ)。

こころみにカバーをはずしてみると
その下は(恐らく)杉模様をした布を施している。
なんとも心憎い装丁に「おばあちゃんになるまで絶対に本棚に飾る」と
胸に誓った。

http://www.wood.co.jp/bk/bk-z/zbk-074.htm

大阪マルシェ ほんまもん

淀屋橋odonaで開催されている大阪マルシェほんまもん にお邪魔してきました。
近畿各地の厳選されたお野菜・果物、鮮魚、お漬け物や
ジャムなどの加工品をマルシェ(市場)のかたちで販売しています。
一瞬で、財布のひもが緩みました…。
だってだって、私は地産地消派なので
お野菜は徒歩5分のJA直売スーパーでしか買わないので
丹波産とつくお野菜に出会った途端目がハートになっちゃんですよね。
でも近畿のものを買うのも地産地消ですよね。
長いこと東京に住んでいたので(全国から野菜は集まりますが鮮度は落ちる)
丹波のお豆とか和歌山の九度山の柿とか、梅とか
お野菜の美味しいところに住んでいるというのが
マイステイタスです。


というわけで昨日の戦利品はこちら〜。
DSC04301.JPG
hanabishiさんのお茶葉肉味噌¥250

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熊野園さんの丹波篠山黒豆¥750 粒がおっきかった!!さすが丹波産です


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同じく熊野園さんのエコファーマー印のお茶 ¥550 人をお招きするので緑茶を買いたかったのだ

DSC04306.JPG
そして半透明が美しいきくらげです!お味見したら美味しくって…¥250
(こちらのお店の名前を失意、本当にすいません)


他にも新鮮卵やオーガニックのお野菜も売ってました。
マルシェの良いところは、どんなこだわりで
食物が生産されているかが直接きけるところですね。
自分が毎日口にする食べ物には、それぞれストーリーがありますからね。


マルシェは淀屋橋の他、靭公園、中之島公園、鶴見緑地などで定期的に開催。
詳しくは → http://www.marche-japon.org/area/2701/

熊を知るということは

熊を知るということは、片思いに似ている。
何故なら、熊を知りたいと願う人間がその人生の中で
熊そのものの姿に出くわすことは殆どないから。
普通は熊が残した痕跡からその毎日の営みを知るしかない。
それはあたかも筆跡や文面から想い人の吐息を感じ取るような
切ない、せつない思いなのだ。

それを知ったとき、私は見た事もない深い山奥の
雪あかりに照らされた夕暮れ時のグレーな空を
ひっそりと見上げる熊の横顔に想いを馳せた。

お腹がすいて、こんなんじゃ眠れない。
でももう雪が降っちゃったから、そろそろ穴に入らないと。

熊さんはそう思っているんじゃないかな。
これが恋ならば思いきって対峙するんだけど。
相手が熊となるとそういうわけにもいかない。
だって本来は出会うはずのない相手なんだから
出会ってはいけない相手なのだから。
そして人はジレンマに陥る。

http://homepage2.nifty.com/kumamori/

トウキョウという街について

約2年ぶりくらいに東京を訪れた。
「街は変わってるのだろうか?」と主人は私に聞いたけど
「たぶん、至る所で駅が新しくなってるとかくらいじゃない」と答えたのだが
はたしてまったくその通りであったのだ。
少し安心するし、10年過ごした土地にはそれなりの
かなりの量の思い出もある。

そんな思い出にもう一度会いたいと思っても
躊躇するくらい、東京はガラスでできた森のように感じることもある。
あまりにも巨大すぎる街は「旅人」として訪れるには楽じゃない。
けれど、もしそこに入り込み、幸運にも自分用のベッドがあるなら
いつまでも半分酔っていたい温かい巣にもなりうる街なのだ。
そうして巣を求めた人間たちが宿り合った結果
彼らにはもっとも快適に生活できる街になったのが東京なのだと思う。
雨がふれば傘にも困らない
お腹がすいたら至るところに食べ物もあり
ひっきりなしに来る電車に飛び乗ればどこへでもいける錯覚の幻覚を見せてくれる。
人間の欲望を満たすために作り上げた人工的な香りをかぎ続ければ
本当に欲しかったものなんて忘れてしまう。

そんな街に集う人々を慈しむように揺れる木の葉が印象的だった。
あまりにも増えすぎた人々を
このままじゃ死んじゃうんだよ と言わんばかりに、
東京にある緑は、いつだってきちんとお行儀がよくて
ただただそれはもう、葉をつけて色を変え、やがて朽ちてまた新芽をだすという
自然の摂理で行うよりも
増えすぎた哀れな人間のために寄り添っているように、
その時は、本当にそう見えたのだ。
山手線の流れ行く景色の中で
自分たちの存在を知る人なんているかいないか
わからないくらい稀なのに
そんな少しの人のためにも
もちろん大半の謀殺された人のためにも
風にゆれ、雑草ですらお行儀よく
ただただ笑っているように見えたのだ。
それは長年かけて築いた人間にコントロールされつくされた結果であり
これから先も殆ど変わらない光景なのであろうけれど。


そして私のふるさとをふるさとたらしめるものは
そうしたお行儀のよいきちんとした緑とは対象的に
あわよくば少しでもこの道路をうめつくさん、とて
はびこる強い草達と
海と草と土の匂いの風だとわかったことが
一番の発見だ。
まだまだ自然の力が勝っているのだと信じたい。


鹿としいたけの関係

野菜中心の食生活を初めて約9ヶ月。
新たなジレンマに直面。

先日和歌山日高郡に住む叔父のところに遊びに行った。
ここで叔父たちは椎茸を作っている。
スーパーはおろか、JAの直売所でも見られないくらいの
大きな、肉厚の椎茸で、かなり美味しい
その椎茸づくりの現場を見せてもらった。
この椎茸を食べに鹿たちがやってくるという。
叔父は農家ではないけれど、さすがに椎茸を食べられたら困るので
鹿よけのネットをかけている。
そこにある日、牡鹿がかかった。
角がネットにからまって、鹿はそれを全力でふりはらおうとし
その力は人間が近寄れないくらいすさまじいらしい。
それで、残念ながら猟師さんをよんで、射殺してもらうしかなかったとのこと。
「どうすれば助けられたの?」ときいたら
「麻酔銃を打って、ネットからはずすしかない」と。
なぜ麻酔銃を使わなかったのか、あるいは使えなかったのかは聞くのがはばかられた。


私は、何もしらないで美味しいとおもって食べていた椎茸のかげに
鹿が犠牲になっていることを知って
ただただ、ショックでした。
大型の動物は殺しちゃいけない。
そんなのわかってる。
でも自分たちが育てているいちぢくに毛虫がついたら全部つまみ出したくなるし
実際そうしている。
叔父たちだって、同じような感覚にちかいのではないだろうか。

天敵であるニホンオオカミがいなくなったから鹿が増えている?
今は人間が天敵だから、有る程度射殺していい?という人がいる
↑本当にいいの?
鹿が増えるとどんな問題がある?誰が困る?農家だけ?
私みたいな消費者も困るよね。
逆に鹿がいることで、どんな利点がある?
わからないことだらけである。

ひとつずつ調べようと思う。

下の写真は今でもいちおう月輪熊がでる、という日高の山です。
※この辺りでは熊が直径12cm以下のククリ罠は使用禁止だそうです。
正確に記しておくと、高野町、九度山町、かつらぎ町南、旧清水町の一部、旧美山村
旧龍神村、田辺市おうとう山では
12cm以下のククリ罠は禁止だそうです。

023290.png






贅沢とは ?

皆さんにとっての贅沢って何ですか?

ある人は喜びや辛いことを家族と分かち合うこと、これは
独身者にはない贅沢だ、とおっしゃった。
父親らしい意見で素敵!

私は、誰もいない真っ青な海をまえに
夕日がどこまでも暮れていくのを飽かずにみたり
のぼりくる満月が、波の上に
ひたひたと光の道を作っているかと思えば
振り返ると西の空には一番星がまたたいているのを見つけたり。
ときには、固くとざしたつぼみが一人で夢みながら
どんどん花開いて行くのを見守ったり…
こういうことが、私の中での「贅沢」に近い感情。

そうして、この「贅沢」つまり自然の神秘や移ろいを
そのままに愛でることが、私の茶道と華道を通して、究極の目標!
そしてこれが私にとっての「わびさび」かなぁ〜。
虫食いの葉っぱまでも、
枯れて朽ちて行くひとひらの花弁の、静かな佇まいにも
きらりとした生命のすごみを感じる。
そんなことを招いた方に感じてもらえるように。

さ、そのためにも明日から庭仕事をがんばろう。
陽はすっかり傾き、お隣の栗の木は
もう随分前からイガイガを大きくしているのだ。


くすのき

写真は樹齢800年の楠(岡中鎮守社/大阪府泉南市)です。
根元が12mもあり、大人の足で歩くと30歩もかかるそうな。
この辺りはその他にも松などいろいろ生えていたそうだけれど
明治の神社合祀令で(やっぱりか…)
周囲にあったほとんどの木が切られてしまった中
この巨木と、そのとなりにあるこれまた大きな槙の木だけが残された。
(槙ってあまり大きくならないけど、ここの槙も大きかった)
大阪府の指定天然記念物です。
抱きしめてみたかったが、逆に抱かれるようです。
人々の暮らしを見守っているようにも、
枝をのばして自分の仲間の楠を探しているようにも見える。
主人は「この木はもっと大きくなりたがっている…」と呟いていた。
無数の葉っぱがさわさわ鳴って
今年一番で聞いたツクツクボウシとハーモニーを奏でていた。
800年も前から同じように葉っぱをさわさわ言わせて
陽射しを体いっぱいに浴びて
このように佇んできたというだけで
ちっぽけな人間からみたら、神様です。
ずっとずっと大切にされて欲しいなと思います。

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